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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)1472号 判決

原告

宮岡広美

被告

トナミ運輸株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、五三七万一九八四円及びこれに対する昭和五三年三月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

1  被告は、原告に対し、一五〇〇万円及びこれに対する昭和五三年三月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和四三年六月五日

午前一一時二〇分ころ

(二) 場所 大阪市此花区伝法町北二丁目九番地先道路

(三) 加害車 普通貨物自動車(大一―一〇九三)

右運転者 訴外杉野耕三(以下、訴外杉野という。)

(四) 被害者 原告

(五) 態様 前記番地先路上を後退中の加害車が原告に衝突し、原告を路上に転倒させたうえ轢過した。

2  責任原因(自賠法三条)

被告は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。

3  損害

(一) 受傷、後遺障害

本件事故により、原告は左大腿骨々折の傷害を受け、四〇日間以上入院治療を受けて一応治癒したが、本件事故により左脛骨々折後左膝変形、左下肢短縮等の後遺障害、すなわち左膝関節の著明な変形と屈曲障害、左膝における頑固な痛み、脚長差(受傷した左脚が右と比べ、脛骨が五・二五センチメートル短く、大腿骨が二・五〇センチメートル長くなつた)、身長の短小等が発現した。

(二) 治療関係費 五〇万円

原告は、前記傷害のため将来約二・五か月間の入院治療が必要とされるところ、その治療費、入院雑費費を合わせると右金額を下らない。

(三) 将来の逸失利益 九六〇万九九二一円

原告の前記後遺障害は、それぞれ自賠法施行令別表後遺障害等級表の一・二級八号、七号、一二号及び一〇級八号に該当するところ、これらを併合すると少なくとも九級に該当することになり、労働能力喪失率は三五パーセントを下らない。したがつて、その逸失利益を算定すると、昭和五五年の賃金センサス第一巻第一表、企業規模計、学歴計女子労働者一八歳ないし一九歳の平均給与の年収額は一三一万一三〇〇円であり、本訴状送達時(昭和五三年三月二九日)原告は一二歳であつたから、年別ホフマン式により年五分の中間利息を控除してその現価を算出すると右金額となる。

(四) 慰藉料 五〇〇万円

原告はこれまで後遺障害により長年苦しんできたが、原告が近い将来就職、結婚、出産等を控えた若い女性であることを考えると、その精神的苦痛は測り知れず、慰藉料額は右金額をもつて相当とする。

4  本訴請求

よつて、原告は、被告に対し、3の合計額一六四〇万九九二一円のうち金一五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五三年三月三〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

(認否)

1 請求原因1のうち、(一)ないし(四)は認めるが、(五)は争う。

2 同2は認める。

3 同3のうち、(一)は知らない。(二)ないし(五)は争う。

(主張)

1 因果関係の不存在

本件事故と原告の脚長差が生じたこととの間には因果関係はない。すなわち、満二歳の女子の平均身長は八八・四センチメートル、満一〇歳のそれは一三七・一センチメートル、満一一歳のそれは一四五センチメートルであり、満二歳から満一〇歳までの間に身長は平均四八・七センチメートル、満一一歳までの間には五六・七センチメートル伸びるところ、もし原告の脚長差の原因が本件事故によるものとすれば、一番の成長期である満一〇歳ないし一一歳までの間に脚長差が現われないはずはない。しかるに、原告の場合、この間になんら異常がなかつたのであるから、原告の脚長差の原因は本件事故以外のあるというべく、原告は階段から転落したことがあるというのであるから、これが脚長差の原因になつているというべきである。

2 時効

原告の主張する後遺障害と本件事故との間に因果関係はないが、仮に因果関係ありとしても、本件事故の発生は昭和四三年六月五日であるので、遅くとも一、二年内には脛骨々折に伴う異常が現われ、原告の主張する損害も事故後三、四年以内には判明していたはずである。しかるに、本訴提起(昭和五三年三月一五日)は右の日から既に三年も経過しているから、原告の損害賠償請求権は時効消滅したものというべく、被告は本訴において右時効を援用する。

3 過失相殺

仮に、被告の右1、2の主張が認められないとしても、原告側には次のような過失があるから、損害賠償額の算定に当り、これを斟酌すべきである。すなわち、本件事故は、訴外杉野が加害車を運転し、本件事故現場において右折をしようとした際、道路の幅員が狭いため切りかえしが必要となり、後方を十分確認したうえ後退したが、その際、道路脇に母親と一緒にいた原告が、突然加害車の後方に飛び出したため、これに気付いた訴外杉野が急制動をかけたが、距離がほとんどなかつたため原告を轢過したというものであるところ、事故当時、原告は二歳九か月の幼児であつたが、原告の母親は、事故現場で加害車が後退しているのを目前で見ていたにも拘わらず、監護者として原告を監視し、その手をつないだり、飛び出したりしないように制止するなどせず、漫然これを放置していた注意義務違反があり、これが本件事故発生の重大な原因となつているのであるから、被害者側の右過失につき過失相殺されるべきである。

4 後遺障害による逸失利益

仮に、本件事故により原告の主張するような後遺障害が発生したとしても、原告の脚長差は二・七五センチメートルであるから、右は自賠等級一三級に該当するに過ぎない。また、原告は膝関節の変形及び痛みも主張するが、膝関節自体は事故当時から現在まで変形はなく、脚長差があるので膝が一致しないだけであるから、後遺症としては脚長差の評価に含まれるものである。膝の痛みについては、事故後現在まで継続しているというのであれば、これについての損害賠償請求権は既に時効消滅しているといわざるを得ないし、また、現在だけ痛みがあるというのであれば、後遺症の対象にはなり得ない。

結局、原告の後遺症は自賠等級一三となるが、原告は未だ就職前の学生であるから、その年齢、可塑性等を考えると、逸失利益は認められないというべきである。

三  被告の主張に対する原告の反論

1  被告の主張1は争う。

2  被告の主張2は争う。

被告は時効を主張するが、事故の発生により直ちに損害が生ずる場合もあるが、本件のように事故後長期間を経過した後損害(後遺障害)が発生し、そのため、被害者としても何が原因でこのような損害(後遺障害)が生じたのか容易に分からない場合もあるわけであり、このような場合には、被告者が損害の原因及び加害行為等を知つたとき、はじめて損害賠償請求権を行使することが可能となるのであるから、消滅時効もこの時から進行を始めるものと解すべきである。しかして、原告は、昭和五二年に大阪厚生年金病院で診察を受けた結果、医師から、本件事故当時大腿骨のほか脛骨が骨折しており、これが原因で脛骨の成長が遅れて本件後遺障害が生じた旨を告げられ、ここに初めて本件損害(後遺障害)が本件事故によるものであることを知つたわけである。

したがつて、消滅時効もこの時から進行するものというべく、被告の時効の主張は失当である。

3  被告の主張3は争う。

被告の過失相殺の主張は、時機に遅れてなされた防禦方法であるから、却下されるべきである。

仮にそうでないとするなら、本件事故現場は、両側に人家の建ち並んだ、幅員の狭い、歩車道の区別のないいわゆる生活道路上であり、訴外杉野は、このような道路を進行して右折しようとしたが、車体が大きすぎて曲り切れなかつたため、切りかえして後退した際原告を轢過したものであるところ、自動車運転者としては、切りかえしの際には車輪が前進時と同じ軌跡を通らず、また、進路のすべてが死角となるわけであるから、同乗の助手に誘導させるなどして後退する際の進路の安全を確認したうえ進行すべき注意義務があるのに、訴外杉野はこれを怠り、そのため本件事故を発生させたものであるから、本件事故は、訴外杉野の一方的な過失に起因するものであり、過失相殺すべきではない。

4  被告の主張4は争う。

原告の脚長差は二・七五センチメートルであるが、しかし実際は、原告が受傷した左脚は右脚と比べて脛骨が五・二五センチメートル短縮し、また大腿骨は二・五〇センチメートル長くなつており、そのため、全体としての脚長差が二・七五センチメートルとなつているものであり、個々的にはかなり大幅な差が生じている。したがつて、本件においては、全体としての脚長差のみを障害とみるのは正当でない。

第三証拠〔略〕

理由

第一事故の発生

請求原因1の(一)ないし(四)は、当事者間に争いがなく、同(五)の事故の態様は、後記第四で認定するとおりである。

第二責任原因

請求原因2は、当事者間に争いがない。したがつて、被告は、自賠法三条により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

第三損害

一  受傷、後遺障害

成立に争いのない乙第二号証の一ないし四、第三号証の一ないし三、証人中村昌弘の証言及びこれにより真正に成立したものと認める甲第三、第四号証、原告法定代理人宮岡喜代治、同宮岡美津子の各供述及び鑑定の結果に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告は、本件事故により左大腿骨々折の傷害を受け、約四〇日間の入院治療を含む延べ半年位の治療を経て右骨折は治癒したが、原告が小学校三年生ころから左膝が変形していることに家人が気付くようになり、その後昭和五二年九月ころ転倒したのがきつかけで左膝に痛みが生ずるようになるとともに歩行時に跛行が目立つようになり、昭和五二年一一月二一日大阪厚生年金病院で診察を受けた結果、左脚が右に比べて四・五センチメートル短縮し、左膝が内側に反つていて運動制限があり、長時間歩行すると痛みが生ずる等の症状が確認され、左脛骨々折後左膝変形と診断されたこと。そして、その原因は本件事故による外傷、すなわち原告が本件事故で左大腿骨を骨折した際、左膝下の生長軟骨の内側部分に損傷を受けていたため、この部分の発育が悪くなつたためであること。そのため左脛骨の短縮が生ずることとなつたが、一方で左腓骨は損傷がなかつたので、ほぼ正常に発育し、そのため本来脛骨の上端より下方にあるべき腓骨の上端が脛骨よりはるかに上方に位置することとなつて、左膝が内反変形(O脚傾向)をきたし、脛骨の膝関節面が外側が高く、内側が低い急傾斜となり、膝の変形を生ぜしめていること。また、左膝には軽度の屈曲障害もあつて、原告は横座りはできるが、正座はできないこと。レントゲン写真によると、右側の大腿骨は四一・〇七センチメートル、脛骨は三一・二五センチメートルであるのに対し、左側は大腿骨が四三・五センチメートル、脛骨は二六・〇センチメートルであつて、大腿と下腿の両方の長さがくい違つていること。そして、医学的にみた場合、生長軟骨の損傷はレントゲン写真でも発見し難いものであるため、受傷時の治療の際これを発見できず、大腿骨折が治癒した後、原告の成長に従つて膝の変形、下腿の短縮が徐々に発現し、骨の発育の最も盛んな一〇歳前後になつたころに、ようやく外部からも分かる程度になつたものと考えられ、原告の右症状の原因としては、本件事故による外傷以外には考えられないこと。

2  そこで、原告は、左右の脚長差を矯正するため、昭和五三年三月三日前記病院でステープリングの手術を受け、その結果昭和五四年六月の時点で脚長差は三センチメートルとなつたが、脚長差は今後もいくぶん減少する可能性があるので、医師としては三センチメートル以内、できれば一センチメートル位の差にとどめたい意向であり、それまでステープルを留置しておくことにしたが、ステープル抜去の時期は予測できないこと。また、原告は、左膝関節の変形を補正し、将来予測され得る変形性膝関節症等の発現を防ぐため、ステープルを抜去した後、高位脛骨の矯正骨切り術を行なつて膝関節の歪みを補正する予定であるが、手術から社会復帰まで約三か月間要するうえ、手術をしても膝の変形は完全には元通りにならないこと。

3  また、将来の見通しとして、脚長差は鑑定時には二・七五センチメートルと更に減少してきているが、最終的に脚長差がどの程度になるか正確な予測は困難であること。そして、仮に脚長差が将来二センチメートル程度でとどまつたとすると、歩行時の容姿は特殊靴を使用することにより補正できるとしても、前記のとおり左膝関節の変形は元通りにならないうえ、大腿と下腿の長さのアンバランスの矯正はすこぶる困難であり、また、前記のステープリングによる脚長差矯正のため、身長の短小を招来することが予測されること。

以上の事実が認められ、原告法定代理人宮岡喜代治、同宮岡美津子の供述中、右認定に反する部分は、前記乙第二号証の一ないし四に照らして措信できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

二  困果関係

前記一認定の事実によれば、原告の前記後遺障害が本件事故と相当因果関係にあるものであることは明らかである。

三  治療関係費

認められない。

前掲証人中村昌弘の証言及び法定代理人宮岡美津子の供述によれば、原告は将来ステープルを抜去した後、左膝関節の変形を補正するため、高位脛骨の矯正骨切り術を施行する予定であることが認められるところ、原告はその費用として五〇万円要する旨主張し、右宮岡美津子の供述中にはこれに副う部分がある。しかしながら、他にこれを支えるに足りる確証がないことを考慮すると、右主張をそのまま採用することはできず、原告の右主張は認められない。

四  逸失利益

一九二万一九八四円

原告には前記一認定の二・七五センチメートルの脚長差をはじめ、左膝関節の変形及び軽度の屈曲障害、歩行時の痛み等の後遺障害があり、前掲鑑定の結果によれば、将来手術等によつて幾分改善されることはあるにしても、完全に回復することは不可能であることが認められ、したがつて、就労可能年齢に達した後もその労働能力に一定の制限を受けるであろうことは容易に推認されるところ、一方原告は就学中の女子であつて、経験則上、今後家庭、学校、社会において種々の教育・訓練を受け、また、将来適切な職業に従事することにより、右障害による支障を最少限に喰い止めることも十分可能であることが推認されるから、以上の事情に、原告の援用する労働能力喪失率表が現実に稼働中の主に肉体労働者の労働能力喪失の程度を判定する際有力な資料となるものであること等を勘案すると、原告は、稼働可能期間と考えられる一八歳から六七歳までの間、平均してその労働能力を七パーセント程度喪失するものと認めるのが相当というべく、しかして、昭和五五年度の賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計女子労働者一八歳ないし一九歳の平均給与の年収額は一三一万一三〇〇円であるから、原告の逸失利益を年別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して、本訴請求時(原告一二歳)の現価を算定すると、一九二万一九八四円となる。

(算式)

一三一万一三〇〇×〇・七×(二六・〇七二三-五・一三三六)=一九二万一九八四円(円未満切捨て)

五  慰藉料

三〇〇万円

原告の後遺障害の内容、程度その他諸般の事情を考慮すると、原告の慰藉料額は三〇〇万円が相当であると認められる。

第四過失相殺

一  弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第五号証、証人宮岡儀八の証言及びこれにより本件事故現場の写真であると認められる検甲第五ないし第八号証、証人千葉宗昭の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第一号証に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件事故現場は、商店街にあるいずれもアスフアルト舗装された南北に通じる道路(以下、南北道路という。)と東西に通じる道路(以下、東西道路という。)とが交差する信号機の設置されていない丁字型交差点である。南北道路は幅員約五・七メートルで、平坦で歩車道の区別はなく、東西道路は、交差点の東方部分の幅員は約三・七メートル、西方部分の幅員は約四メートルで、平坦で歩車道の区別はない。そして、南北、東西両道路とも道路沿いには商店等が建ち並んでいる。交差点の北東角には道路沿いに原告方店舗がある。東西道路は西行一方通行となつており、また、本件事故現場付近道路の最高速度は、時速四〇キロメートルに規制されていた。

2  訴外杉野は、助手を同乗させたうえ加害車を運転し、南北道路を南進して本件交差点を北から西へ右折しようとしたものであるが、東西道路の幅員が狭かつたため、そのまま右に曲り切ることができず、いつたん後退してハンドルを切りかえし、再度右折すべく、いつたん停車して約一メートル位後退したところ、あぶないという声を聞き急制動の措置をとつたが及ばず、被害者の左大腿を後輪で轢過した。

3  一方原告は、当時二歳八カ月の女児であり、自宅脇の本件事故現場の道路上で遊んでいたもので、付近路上には母親と祖父がいたが、前記のとおり再度右折するため、いつたん停車後後退してきた加害車に轢過された。

以上の事実が認められ、被告は原告が加害車の後方へ突然飛び出したため、これに気付いた訴外杉野が直ちに急制動の措置をとつたが間に合わずに原告を轢過した旨主張するが、本件全証拠によるもそのように窺える資料はなく、かえつて前掲証人千葉宗昭の証言によると、訴外杉野は後退する際、バックミラーを見て後方を確認したが子供の姿がなかつたことに気を許し、そのまま後退した疑いがあり、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  右認定の事実によつて考えると、本件事故現場付近道路は西側に南店、人家等が建ち並んだいわゆる生活道路であり、しかも幅員は狭く、歩車道の区別もないところ、このような道路を車両が通行する場合には、通行車両は人の日常生活との調和をより強く要求されるものというべく、しかも経験則に照らすと、このような生活道路においては路上で幼児等が遊ぶことも決してまれではないうえ、今日の生活環境からみて一概にこれを非難することもできないこと、付近に原告の母親がおり(事故当時の母親の行動は本件全証拠によるも詳らかでない。)、また、原告の祖父が近くで道路の清掃としていたとしても、原告は当時二歳八カ月の幼児であつて、遊んでいた場所が自宅脇の路上であること、一方、加害車の運転者訴外杉野は、自ら車を降りて後方の安全を確認するか、あるいは助手をしてこれを行なわしめれば、容易に本件事故を回避することができたと考えられること、その他前示のとおり原告が加害車の後方へ飛び出したことを認めるに足りる証拠はないこと等諸般の事情を総合すると、本件において被害者側に不注意な点があつたとしてもその程度はきわめて小さいものと認められるから、原告の損害につき過失相殺をしないのが相当であると認める。

第五時効

本件記録によれば、原告が本訴を提起したのは昭和五三年三月一五日であることが明らかなところ、前記第三の一に認定した事実に、原告法定代理人宮岡喜代治、同宮岡美津子の各供述及び弁論の全趣旨を併わせると、原告が前認定の後遺障害が本件事故に起因するものであることをはじめて知つたのは、大阪厚生年金病院で最初に診察を受けた昭和五二年一一月二一日であると認められ、これに反する証拠はない。そうすると、この時点で原告は、本訴請求の損害の基礎たる各症状が本件事故による後遺障害であることを知つたわけであるから、原告の被告に対する本件事故に基づく損害賠償請求権の消滅時効は右時点から進行を始めるものというべく、したがつて、本訴提起時には消滅時効が完成していないことは明らかである。被告の消滅時効の抗弁は理由がない。

第六弁護士費用

四五万円

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告が被告に対し本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は四五万円とするのが相当であると認められる。

第七結論

以上の次第で、被告は原告に対し、五三七万一九八四円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年三月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川上拓一)

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